シナプスの“校閲ガール”の仕事
ついこのあいだほころんだように思っていたいつもの道の桜も、いまではとろりとつやめく葉っぱをつけている。
先週まではそのむこうに高い空がみえたけど、昨日の朝きゅうに、うす墨色の雲がひくいところをおおった。雨のにおいがする。
名前のせいか暑さの苦手なわたしにはきびしい季節がやってきつつあって、歩くだけでふうふう息が上がる。
オフィスの前までたどりついて、首ににじんだ汗をふきふき、セキュリティカードをかばんから取り出す。
と、ドアがひらいて、中から男の人が。
(あれっ? 知らない人……?)
「おはようございます」
ぽかんとしているわたしに、その人はさわやかなあいさつをくれた。
そこで思い出した、今年の新入社員さんだ。
今年の新人さんたちは、ここ大阪の本社ではなく東京のオフィスでさいしょの研修を受けてから、順番にそれぞれのオフィスにうつった。
いまの彼は、この6月に大阪オフィスにやってきたんだった。
ドアをくぐり、ロッカーに向かいながら考える。
(えー……あの人は多部さん……多部さんであってるよね……)
ここ何年かのあいだに、新卒採用でも中途採用でもたくさんの人が入ってきた。
はじめはすぐに覚えられていたけれど、さいきん、ちょっと時間がかかるようになってしまっている。
なんて名前のどんな顔の人が、どのオフィスにいて、どんな仕事をしているんだっけ? って。
おととし名古屋にオフィスができて、「大阪にいない=東京にいる」じゃなくなったのも大きいのかも。
とはいえ、いっしょにはたらく人の名前があやしいの、あんまりよくはないな……。
デスクについて、パソコンを立ち上げる。さあ、まずはどこから手をつけよう。
と、マーケティング室の伊織さんの、満面の笑みの写真が、画面のすみっこにぴこんと飛び出す。
さいきん全社でつかいはじめたビジネスチャットの通知だ。クリックするとメッセージが開く。
『来週発表するニュースリリースがあるんですけど、ちょっと相談にのっていただきたいんです。
まふゆさんの上長にはうちの上長から先にお伝えして、OKいただいています。今日お時間大丈夫ですか?』
伊織さんはときどき、社外に出す文章についてわたしに相談してくれる。今回もそれみたいだ。
ノートをぱらっと開いて、きょうの予定を確認する。
いそぎの仕事でぱんぱんってことはなさそうだ。
頭をひねる仕事は朝のほうがはかどるし、できれば今すぐやらせてもらうのがいいかな。
『はい。今からいけますよ、やりますか?』
『いいですか? 助かります!』
『では休憩スペースで』
ノートとペンだけつかんで、ぱたぱたと休憩スペースに向かう。
休憩スペースの背の高いつくえの前に、伊織さんとならんで立つ。
もともとはみんながごはんを食べたりおしゃべりをしたりする場所なんだけれど、お昼どきでなければそこそこ空いているから、仕事につかうこともちょこちょこある。
いすはあるけど、わたしは立ってミーティングするのがすき。
ずっと座り仕事をしているからか、ちょっとのあいだ立っていると、なんとなくリフレッシュする。
伊織さんはパソコンを開いて、そこにニュースリリースの原稿を映してくれていた。
「この赤字にしてるところ、すごくわかりにくいと思うので直したくて」
指さされた赤い文字の並びを読む。
J WALDでは、在庫の管理が、品目別、在庫場所別、ロット別の管理はもちろんのこと、色、タイプ、厚み、幅、長さなどの付属情報や、プロジェクトコード別などの項目を在庫セグメントとして定義することで、ロット別よりも詳細な在庫管理が可能です。
伊織さんが続ける。
「長すぎるのがだめなのかなと、自分では思っているんですけれど……」
「なるほど……じゃあちょっと、この一文を分解してみましょうか」
ノートのまっ白なページを開いて、伊織さんに見えるように書きはじめる。
「まずためしに、この文の頭のところとお尻のところだけをとってくると、こうですよね」
J WALDでは→可能です。
「何が可能なんだろう? って思うでしょう? たぶんこうなんです」
J WALDでは→可能です。 ↑ 在庫管理が
「ただ、実はもうひとつこれもあるんですよね」
J WALDでは→可能です。 ↑ 在庫の管理が
わたしが伊織さんの顔をみるのと、伊織さんがあ、と口をひらくのと、ほとんど同じタイミングだった。
「そっか、在庫管理がダブってますね。頭とお尻のあいだが長いから気づかなかったのかもしれません」
「わたしもそうじゃないかなと思います。
間が長くなっているのは、このかんたんな文にいろんなものがぶら下がっているからなんです」
ノートに、矢印とことばをさらに書き足す。
J WALDでは→在庫管理が→可能です。 ↑ ↑ 詳細な 定義することで
「この、『詳細な』や『定義することで』を説明することばがくっついて」
J WALDでは→在庫管理が→可能です。 ↑ ↑ 詳細な 定義することで ↑ ↑ ↑ ロット別よりも 項目を 在庫セグメントとして ↑ ↑ 付 プ 属 ロ 情 ジ 報 ェ や ク ト コ ー ド 別 な ど の
伊織さんがため息をついたので、いちど手をとめた。
「こうやって分解してみると、文や文章がどんなふうに組み立てられてるのかわかる気がしませんか?」
「はい、わかります。それにしても複雑なつくりですね……」
「たぶんそれが、伊織さんがわかりにくいと思った原因ではないかと。
たいへんですがもうちょっとやっていきましょう」
ふたりでいっしょに、ひとつひとつの単語のつらなりをノートに書き出していく。
とちゅうで伊織さんにペンをわたした。
わたしのぬるっとした文字に、伊織さんのまるっこい文字がつながる。
さいごまでほどききったあと、伊織さんが言った。
「なるほど……。どうしてわかりにくいと思ったのか、わかった気がします。
これを参考に書き直してみるので、そうしたらまた見ていただいていいですか?」
「もちろんです。よければノート、コピーしますよ」
そう返すと、伊織さんはにこっとわらった。アイコンとおなじ、いい笑顔だ。
伊織さんとわかれて、さて戻ろう……と思ったとき、つくえの上にある、去年の『内定者報』が目に入った。
入社内定の学生さんにおくるために作っている冊子だ。いつからかここにも置かれるようになった。
そしてこの号はもしや、いまの新人さんの、内定者時代の自己紹介がのっているやつでは。
ちら、とページをめくる。ほらやっぱり、写真と自己紹介がのっている。
面長の、目のきりっとした男の人をさがして、見つけた。
(よし、多部さんだ。あってた、多部さんだ)
よかった、ほっとした。ついでに、自己紹介にも目を通す。
ことしの新人さんは研修で、ひとりひとりオリジナルのアプリをつくったそうだ。
先週から、休憩スペースのすみっこに、そのアプリをさわれるパソコンが置かれている。
ためしに多部さんのやつ、さわってみよう。
パソコンの前に立ち、アプリリストに多部さんの名前をさがす。
(あ、あった)
多部さんのアプリは「おこづかいノート」。
立ち上げると、「J WALD」のイメージキャラクター、ハイイロリスのチャールズが、ふきだしつきで現れた。
『まずは毎月の収入と、目標貯金額を設定しましょう』
なるほど。じゃあ月収1,000万円で、月400万円ためることにしよう。
チャールズの足元にある入力フォームに数字を入れる。
次は、と、「きびしさ」って項目がある。
ドロップダウンリストを開いてみたら、「やさしい」「ふつう」「きびしい」との選択肢が。
(「きびしい」でいっとこうか)
「きびしい」に設定して、「決定」ボタンを押す。
チャールズが、画面の中でぱちぱち点滅したあと、あたらしいふきだしを出した。
『あなたが1日に使えるお金は、193,548円ですが、自分を律して、150,000円におさえましょう。
自分にきびしくなれなければ、いつまでも貯金はできません』
(ああ、きびしいってそういう……)
面長で目がきりっとして、あと右のほっぺたにほくろがあって、背が高めで、経済学部出身で、家計簿アプリに「きびしさ」機能をつけた人が、多部さん。
よしおぼえた。これで、自信をもっておおきい声で「多部さん」って声をかけられる。
にしても多部さん、『内定者報』いわくプログラミングの経験はないそうだけど、教わったらちゃんとここまでできるようになるんだから、すごいな。
それに、教える側の人も、すごいなと思う。今年の講師は入社2年目の人がやったって話だし。
教わる、も教える、もほんとうにむずかしいことで、わたしはいつも試行錯誤。
毎日はたらく中で、ちょっとでもうまくなっていけたらいいんだけど。
(伊織さんに、ちゃんと教えられてたかなあ……)
そろそろ仕事にもどるために、「閉じる」ボタンでチャールズにさよならする。
・・・
去年の夏は暑さで毎日へたばっていたので、今年はちょっとおたかい暑さ対策グッズをそろえます。
(この記事は、弊社の取り組みを元にしたフィクションです。登場人物・エピソードはすべて、“まふゆさんの中の人”の創作です)
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まふゆさん
“まふゆさん”の中の人。
大阪オフィスの管理部門でこつこつ働きつつ、
ときどき社内ライター兼校閲ガールを務める。
本とお酒とNHK Eテレ「きょうの料理」が好き。