まふゆさんと2021年の新人歓迎会
赤のビブスの13番が、赤のバトンをにぎりしめて走ってくる。
心臓がはねる。どうもこの瞬間が苦手だ。大人になってまでやることになるとは。
さっきまでおなじラインにいた黄色は、もうずいぶん先まで行ってしまった。
できるだけ後ろに右手を伸ばして、「13」をみつめながら、歩き出す、ペースを上げる。
にゅっと突き出されたバトンにさわり、にぎり、顔の前に持ってくる。よし、ある。
受けとってしまえばいったんいいんだ。どうせ足は速くない。
とりあえずまじめに走ればいいだろうと思ったところで前方の黄色がおもいきり転ぶ。
こまった。追い抜かないといけない。なんとかスピードを上げる。
追い抜いたらもうバトンタッチだ。そっちも苦手だ。また胸のあたりがいたい。
空がばかみたいに青くて、暑い。
新緑のころの、大人だけのバトンリレーだった。
*
シナプスイノベーションの年に1度の恒例行事が、初夏、土曜日にやる新人歓迎会だ。
東京、大阪の各オフィスごとに、その年の2年目社員が幹事になって開催する。
わたしの入社した年、大阪では運動会があって、お弁当のあとのリレーで走った。
2年生のときは、とくべつに全社合同開催した年で、やっぱり運動会になって、みんなに走ってもらった。
何年も続いてきたらしいこのイベントも、2020年、世の中のほかのたくさんのこととおなじように、できるかどうかわからなくなった。
幹事はたいへんだったと思う。就職のタイミングでああなってしまった新人さんもたいへんだったと思う。
けっきょく、延期と調整のうえ、平日の全社でのオンライン開催に着地した。
あれからまる1年、まだ100人集まってバーベキューができるようにはならなくて、2021年は土曜日の全社オンライン開催だ。
家でいちばんあたりさわりのない壁の前にパソコンをセットして、Web会議室のURLをクリックする。
入室手前の画面でカメラのうつりをチェックできる。バックは全面まっしろ。わたしはいつもどおりの顔。あたりさわりなし。
さいしょはごあいさつと新人さん紹介からということで、事前の案内に従って、いったんカメラとマイクを切って、入室ボタンを押す。
あの出来事があって、コミュニケーションのあり方が質も量も変わったのではないかと、いろいろな人が議論をしている。
仕事の場に限っても、シナプスのようにリモートワークをしたところでは、上司同僚とのコミュニケーションがとりにくくてこまるという声があるらしい。
オフィスでのちょっとしたおしゃべりが減って、心がつかれてしまった人もいると聞く。
わたしはどうだろう? と考えてみると、コミュニケーションが減って、あるいは変わってこまっているという実感は、あんまりない気がする。
リモートワークだと、会議や打ち合わせは、Web会議ツールでやることになる。
このWeb会議室に、余裕があれば5分前には入っておくわけだけれど、同じような人がそこにいてふたりになったら、なんとなく雑談がはじまることがある。
その場のテーマじゃない仕事のこととか、となりの家からどうやら中華料理を作っているっぽいにおいがするとか。
このあたりは、リアルな会議室とすこし似ている。
『ここからはチームに分かれてのゲームコーナーになります。
「XXチームのセッションに入る」と表示が出ましたら、「Yes」をクリックしていただきまして……』
幹事さんのアナウンスにしたがって、画面のメッセージをクリックする。
さっきまで何十人もいた会議室が、とたんに8人くらいの小部屋に切り替わる。
いろんなWeb会議ツールにくっついているこの機能にも、1年でだいぶ慣れた。
Web会議が会議室とちがうところは、その場でひとつの話しかできないところだ。
5人がおなじテーブルについて、ふたりはマラソンの話、ほかはドラマの話というのがなかなかむずかしい。会議ならそれがある意味ただしいけれど、ラフな場ではちがう。
ので、おおぜいのイベントではこうやって、参加者をさらに小グループにわけるみたいな機能があると重宝するんだろう。
『こちらブドウチームの部屋でーす。よろしければここからはカメラオンでおねがいしまーす』
カメラのミュートをオフにする。
8分割された画面に8コのアイコンが浮かんでいたのが、ひとつひとつぱちぱちと、カメラごしの映像に切り替わる。
リアルでボウリング大会をしたって、参加者が50人いたら、全員と話すのはむずかしい。
8人チームならその8人でのおしゃべりがメインになるだろう。そういうところはオンラインでも変わらない。
ただ、オフラインなら隣のチームのようすもなんとなく見えるから、そっちの会話にちょっと割り込んだりするときもある。
オンラインだと、そういう越境は起きにくい。
リモート、ディスタンス、密回避……で減ったのは、想定外のコミュニケーションなんじゃないだろうか。
いつもの場所で、決まった人と話すことはあるけれど、たまたまそこにいたから、見かけたから、声をかけることはしにくい。
わたしはあまり変わっていない、こまってもいないと思うのは、そもそも、たまたまそこにいた人に話しかけることが多くないタイプだからだ。
限られた人とコミュニケーションを深めるのがすきで、ひろいつながりを持つのはあまりとくいじゃない。だから気になっていないんだろう。
たくさんの人とつながってきた人には、またちがう景色がみえているのかもしれない。
『ではさっそく1つめのゲームをはじめますー』
『はーい』
カメラの前で拍手する。カメラの向こうでも拍手しているのが見える。
最近はパソコンのカメラの映像もずいぶんきれいになって、表情のかんじなんかも、ちょっとまえよりはよくわかるようになった。
顔色やしぐさは言葉にならない、もしかしたら本人も気づいていないかもしれない情報を伝えてくれる。
これも、リモートワークで見えづらくなったもののひとつだ。
カメラの画質がよくなっても、まだナマの目で見るのとはちがうし、カメラをオンできないミーティングもあるし、フレームアウトしたものは見えないし、だいたい人は、カメラの前だといつもよりすこし気を張る。
ひとつひとつのカメラのむこうに目を向ける。
アイコンでしか知らなくて、こんな顔するんだ、という人もいる。
ひろいつながりを作るのはとくいじゃないけれど、できる範囲で、知らない人を知るのはきらいじゃない。
せめてカメラに収まる範囲くらいは、とらえるように努めよう。
距離をとってみえなくなったのは、思わぬもの、予想外のものだから。
・・・
本シリーズは事実をもとにしたフィクションなので、必ずしもすべてが現実に起きたことと一致するわけではありません。
たとえば今年の新人歓迎会は、わが家の通信環境のようすがおかしく、ほぼカメラなしで参加いたしました。
ななめ下向きの写真アイコンでの参加となり、申しわけなかったです。
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まふゆさん
“まふゆさん”の中の人。
大阪オフィスの管理部門でこつこつ働きつつ、
ときどき社内ライター兼校閲ガールを務める。
本とお酒とNHK Eテレ「きょうの料理」が好き。