ちゃんと読まなかった条項も、契約内容とみなされる? ~約款や利用規約のケース~

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シナプスイノベーション 法務室です。

2017年6月に民法の改正法が公布され、公布日から3年以内に施行されることとなりました。企業の取引に影響を与える見込みの改正点も多く、改正法の解説について、一般向けの書籍や解説が少しずつ公刊されてきています。

企業の取引に影響を与えるであろう改正点の一つに、定型約款についての規制の導入が挙げられ、これも一般に解説されると共に、議論の対象となっています。

ただ、改正法の議論に飛びつく前に、そもそも約款・利用規約について、自社の文書チェック体制がちゃんと機能しているのか、今一度見直した方がよいかもしれません。以下、簡単な事例を通して見ていきたいと思います。

1.事例

A社はERPの導入や統合開発環境を用いたシステム開発を手掛けている会社です。

A社がお客様から統合開発環境のマイグレーション案件を請け負うにあたり、統合開発環境のメーカーであるB社からライセンスを仕入れることになりました。

A社の案件担当者がWebサイト上でライセンス登録の手続を済ませ、作業を開始した後、B社から他の資料と一緒に「ソフトウェア使用許諾契約書」が送付されたので、法務担当者に確認依頼を行いました。ただ、普通の契約書と違い、記名・押印欄がありません。

この文書と経緯を知ると、法務担当者の表情が曇りました……。

Q A社の法務担当者の表情が曇ったのはなぜでしょうか?
  今回の経緯でどのような点に問題があったのでしょうか?

 

2.解説

(1)「約款とは何か

電車(JRなど)で切符を購入するとき、Webサービスで書籍や商品を購入するとき、保険加入や銀行で口座を開設するときなど、いちいち契約書・注文書を確認した上で代表印や実印等を押印するようなことはないかと思います。

 

ただ、電車などでは運送約款が「みどりの窓口」に備え置かれていたり、Webサービスでは「『利用規約』に同意しますか?」という案内のボタンと一緒に、「利用規約」へのリンクが示されていたり、保険・銀行口座であれば申込書の裏面等にびっしりと細かい条項が記載されていたりします。

 

上記のような多数の契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体のことを「約款」といいます。

 

民法の世界では、契約が成立するためには目的物やサービスの内容、対価やその取引条件等を一つ一つ合意することが必要なのが原則です。(企業間取引ではこの合意内容を明確にするために「契約書」をエビデンスとして作成することが多くなります)

 

ただ、電車での旅客の運送やWebサービスの利用、保険加入や銀行口座開設など、不特定多数の人たちとの取引を前提とするサービスでは、契約条件をいちいち個別に締結するのはサービスを提供する側(サービス提供者)にとってあまりに手間がかかってしまいます。また、サービス利用者側にとっても、個別の契約条件を一つ一つ合意することなく簡単にサービスを利用できるようにした方が便利です。そこで、約款については民法の原則をやや緩めて、

  1. 相手方(サービス利用者側)が合理的に行動すれば約款の内容を知ることができたこと、
  2. 約款を契約に組み入れることの合意があること、

の二つを条件に、個別の各条件に合意することなしに契約が成立するものとされています。

 

ですので、例えばWebサービスを利用するときに、「いちいち利用規約の条項を読んでいないから、○○条は契約内容ではない!」という主張は(基本的には)通らないことになります。

 

(2)問題点

上記のような約款を用いた取引には、約款の作成に関わっていないサービス利用者側にとって、予期しない条項が入ることにより不利益を被ってしまうことがある、という問題があります。たとえば、知らないうちに「あるWebサービスを無料で利用するつもりだったのに、使いもしないサービスの料金まで抱き合わせで加入させられ、利用料を支払わされてしまう……」などということが考えられるわけです。(当然と言えば当然ですが……)

 

企業間の取引でも、このような約款を利用した取引は当然想定されるので、通常は契約前に法務チェックで内容を確認した上で、問題があれば

  • 解約・退会など、契約関係からの離脱のしやすさもチェックの上、リスクをとりつつもあえて当該約款で契約を締結する
  • 相手方に交渉して「約款」「規約」と称する書面の内容を変更してもらう
    (書面そのものを書き替えてもらう、覚書を締結して不都合な条項を排除するなど)
  • そもそも当該商品・サービスを利用せず別のサービスの利用に切り替える

等の判断を行うことになります。

 

ここで今回の「1.事例」での話に戻すと、ERPなどの企業向けソフトウェアの利用許諾契約(ライセンス契約)は、約款という形ではなく、双方の代表者がそれぞれ押印する「個別契約」の形で行われることが多いです。個別契約の場合、約款取引に比べると、ユーザー側とメーカー側で利用条件につき個別で交渉できる余地が大きいです。

 

しかし「1.事例」のB社統合開発環境のケースでは、A社の担当者は、契約条項の個別条件を確認する前にWeb上でライセンス登録の手続きを済ませています。実は、今回のケースでは、この時点でWebでのライセンス登録の手続サイトに、「契約内容に同意します」等の文言(約款条項)があったのです。

つまり、実際には相手方(サービス利用者側)が合理的に行動すれば約款の内容を知ることができたにもかかわらず、結果としてはそれをチェックせず、Webサイト上でのライセンスの登録時点でソフトウェア利用許諾契約という「約款」を契約に組み入れることに合意したこととされてしまう、ということになってしまいます。

通常はWebサイト等で利用規約を公表するなどして、「見ようと思ったら見れたでしょ!?」という状況を商品・サービス提供者側も準備していますので……。

 

また企業間の取引で問題となるのは、相手方の営業担当者がわざわざ「約款」「利用規約」の存在を教えてくれない、というケースがあることです。具体的には、申込書やWeb登録フォームなどに、小さく「その他の契約条件については約款/規約/利用規約によります」と書いてあるだけで、特に相手方の営業担当者が説明してくれない、といったケースです。

 

相手方の会社とすれば、いちいち契約書チェックという面倒くさい段取りをスキップすることも約款を作成する意図ですし、やや邪推を込めていいますと、こちらが気づいていないことをあえて伝えない、という事態も想定されます。

 

したがって、商品・サービスを仕入れたりする際には、サービス提供者側から示された申込書等の簡単な書式だけではなく、「約款」「利用規約」などといった書面などがないか、確認することが必要です。(Webサイトにも公表せず、約款も見せない、となると、流石にそのような内容まで契約上の合意にはならない、と裁判所等でも判断される可能性が高くなります。そうならないよう、サービス提供者側としても通常は、相手方から約款・利用規約の印刷物や電子データを提供する、約款を掲示しているサイトのアドレスを教ええるなど、サービス利用者側が約款へ事前にアクセスが可能となるよう、何らかの対応をとることになります)

 

(3)判例・裁判例、法律上の手当てはあるが…

上の(2)で書いたような、約款による契約の問題点に対しては、裁判所(司法)や国会(立法)も認識していないわけではなく、以下のような手当てが実際になされています。

 

 判例・裁判例等では約款の文言を限定解釈する。

 消費者と事業体との約款取引では消費者契約法上の取消・無効制度や割賦販売法のクーリング・オフ制度等の特別法を利用する。

 

ただ、Aの文言解釈による解決は、規定のちょっとした書き方の差異や、担当する裁判官の解釈次第で結論が左右されてしまう、というリスクがあります。そもそも裁判が終わるまで戦い続けることも時間や費用等の点で負担となってしまいます。

また、Bの特別法の利用についても、消費者保護法や割賦販売法などの消費者保護のための特別法は、B to Bの企業間取引でそもそも利用できないことがほとんどです。

 

やはり企業間の取引では、契約締結前に文書を確認して、商品・サービスの利用そのものを検討する、自社に不利な条件を修正してもらうよう交渉する、というのが一番のリスクヘッジです。

 

3.まとめ・ポイント

上記をまとめますと、以下の通りです。

約款を利用した取引の場合、個別の条項に目を通していなかったとしても、有効なものとみなされ、契約内容となるケースが多いです。

そのため、申込書・Web登録などの簡単な手続で利用できる商品・サービスについては 「約款」「規約」「利用規約」などという名称の文書がないか要確認です!

最近は、今まで注文書や個別契約で行っていたような取引も、約款に切り替える企業が増えてきています。せっかく契約のチェック体制を社内で設けていても、思わぬところで落とし穴となってしまいがちな点ですので、注意が必要です。

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