まふゆさん、学生時代の友人と仕事を語る
「ってかんじでね! ほんとむかつく!
そこまでやらすんなら給料あげろっつーの!」
言いきって、なつきは勢いよくジョッキを干す。
ここは大阪駅からすこし歩いたところにある、もつ鍋のおいしいお店。
大学時代の友だちのなつきが、仙台から出張ということで、ひさびさにふたりで飲みにきた。
「ねーまふゆわかる? となりからぶっこまれるむちゃくちゃな仕事! 理不尽な罵倒! いらない残業! あ! すいません生おかわりくださーい!
それもこれも本社がなあなあうやむやでプロジェクト回してるからなんだって! なんでその尻ぬぐいをペーペーのあたしがしてんだーっつーさー」
「あ、ごめんなさい生ふたつでー。
なつきいつもふりまわされてるよね、責任感つよいから」
なつきは大手企業の営業として、まいにちバリバリはたらいている。
たまに顔をあわせるとだいたい、あっちからあおられこっちからつめられ、胃に穴があきそう、という話になるくらいだ。
(その点わたしは、なんかこう、しまりがないんだよなー……)
おわんの中のもつとキャベツを口にほうりこんで、もきゅもきゅ噛みながら考える。
「わたし、そこまでたいへんになる前に相談しちゃうからなあ。
このままじゃまずくないですかー、こういうやり方にしたほうがよくないですかーって」
店員さんが生ビールを2杯、あっという間に持ってきてくれた。
「いいことなんじゃないの。まわりの人が信頼できてるってことだし。
あたしはまわり見てて、相談してもムダそう、メンドーなことになりそうと思うから、自分のことしか頼らないだけだもん」
「それはたしかに」
この1年を思いかえしても、上長各位にたすけられ、マーケティングの伊織さんに情報セキュリティの百井さんにワークサポーターの宇都宮さんに、さらには東京の山田さんにもたすけられ、そのほかいろいろたすけられ。
「すっごいたすけられて、のびのび仕事してるんだねえ、わたし」
「鍋、辛いのたしていい?」
わたしの返事を待たずに、なつきはテーブルのうえの辛みそを、お鍋のなかにどさどさ入れる。
「でもまふゆもさ、上司の言うこと理不尽だと思ったり、よその部署の連中なんにもわかってないーって思ったりしない?」
「人のはなし聞いてて、それはちがうんじゃっておもうことは正直あるけど。
でもまあ、相手の立ち位置から見たら正しいことなんだろうなーって納得できるようになった、さいきん」
はたらく人にはそれぞれ立場と役割があって、つんできた経験があって、大切にしているものがあって。
そういうもののちがいで、正しさをはかる物さしも、ちがってきてしまったりする。
相手と自分、どちらかが完ぺきにただしくて、もうひとりは完ぺきにまちがいってわけじゃないこともおおい。
そんなふうに思えるようになってから、まいにちの幸せ度は上がった気がする。
「まあ、変えられないものにイラつくより、どうやって受け入れるか考えるほうがラクはラクよね。
受け入れる、なのか、受けながす、なのかはともかく。
うわっ! 鍋辛っ!」
なつきが顔をしかめて、ビールをごくごく飲む。
「せっかくいい感じのこと言ったくせに、自分でさえぎらないでよ」
鍋をのぞいたら、なかみがぜんぶ、目にいたいくらい赤くなっていた。
店員さんをよんで、スープの追加をたのむ。
「あたしもさ、他人はムリヤリ変えられないから自分が変わるしかないんだってのはわかってるんだよ。
わかってるけどむずかしいんだよ、こないだも生産の方の課長がさー」
なつきがまた、前にのめって話しはじめた。
これ以上お鍋が煮つまらないようコンロの火をとめて、耳をかたむける。
ひととおりしゃべって食べて飲んで、お店を出た。
電車で何駅かいったところにホテルをとっているというなつきを、駅まで送っていく。
お酒がまわってほんのり顔があついので、夜のつめたい風がここちよい。
「なつき、会うたび仕事の苦労ばなしだけど、そういえばやめたいとはいわないよね」
「え、だってあたし今の仕事すきだもん」
あたりまえでしょと言わんばかりのぽかんとした顔で、なつきは言い切った。
「そっか、そうだよね。つまんないこと聞いてごめんね」
ぜんぜん! と大きな声で言って、なつきはきゃらきゃら笑い出した。
彼女もけっこう酔っぱらっている。
(仕事すきだもんあたりまえでしょって、言えるかなあ、わたし)
言えたらけっこうすごいかも。
なつきの笑い声を聞きながら、駅までの道をのろのろ歩く。
・・・
学生時代の友人と、背伸びぎみの仕事トークがはじまると、「若手社員っぽい!」とちょっとテンションがあがります。
(この記事は、当社の取り組みを元にしたフィクションです。
登場人物・エピソードはすべて、“まふゆさんの中の人”の創作です)
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まふゆさん
“まふゆさん”の中の人。
大阪オフィスの管理部門でこつこつ働きつつ、
ときどき社内ライター兼校閲ガールを務める。
本とお酒とNHK Eテレ「きょうの料理」が好き。