DX対応・民法改正で変わる情報システム取引に関する契約②
はじめに
シナプスイノベーション 法務室です。
前回のブログでは、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)と経済産業省が連名で発表した、
①情報システム・モデル取引・契約書の民法改正対応版(以下、モデル契約民法改正対応版)
②アジャイル開発外部委託モデル契約~情報システム・モデル取引・契約書〈アジャイル開発版〉(以下、モデル契約アジャイル開発版)
という2つのモデル契約の存在と、その作成の経緯について簡単にご紹介させていただきました。
今回のブログでは、2つのモデル契約のうち、従来『業界標準』となっていた、2007年経済産業省発表の「情報システム・モデル取引・契約書」(以下、モデル契約2007年版)の見直し・改訂版である、①モデル契約民法改正対応版を取り上げます。
この見直しでは、『契約不適合責任(改正前民法の瑕疵担保責任)の起算点』が最大の論点となりました。その概要と、それを踏まえた契約交渉上のポイントについて簡単なコメントをさせていただければ、と思っております。
契約不適合責任の起算点
-モデル契約見直しにおける最大の論点-
民法改正による変更内容
改正前民法では、請負の瑕疵担保責任を理由とした瑕疵の修補および損害賠償の請求につき、『仕事の目的物を引き渡した時(目的物の引渡しを要しない場合には、仕事が終了した時)から1年以内』に行う必要がある、とされていました。1
モデル契約2007年版では、この改正前民法の規定を踏まえ、外部設計工程、およびソフトウェア開発工程(ともに請負で行う場合)については、瑕疵担保責任の起算点を『検収完了後』としておりました。なお、期間については、モデル契約2007年版では、『〇ヶ月』とされ、特に指定はなかったのですが、実務上は、上記の民法の規定を参考に、『1年間』とすることが多かったように感じています。
ところが、2017年の民法改正(2020年4月1日から施行)において、この瑕疵担保責任/契約不適合責任2の起算点につき、注文者が引渡しの時または仕事の終了の時から1年以内に、かつその権利を行使までしなければならないのは、注文者の負担が過重である、と考えられ、3契約不適合責任の起算点は注文者が『不適合を知った時から1年以内』と変更されました4。
改正内容を巡るベンダとユーザの利害関係
これをソフトウェア・システム開発の場合に当てはめていくと、請負契約によるソフトウェア開発での契約不適合責任(瑕疵担保責任)を理由としたプログラムの無償修正対応を、従来は検収完了(≒引渡し)後1年間だったところが、検収から1年間を経過した後(たとえば3年後や5年後)にも行わなければならないことになります。
つまり、ベンダ(請負人)側からみると、無償対応義務が拡張されることになります。
これに対しては、
・そのような長期の瑕疵修補を開発当初から見積もることは困難であること
・従来の民法の規定を受けて整理してきた無償の瑕疵修補と保守の住み分け/切り分けといったビジネスモデルを、場合によっては根底から見直さなければならないこととなってしまうおそれがあること
などから、ソフトウェア・システム開発で民法改正の契約不適合責任の起算点をそのまま適用するのは妥当ではない、との懸念が、ベンダにおいて広く共有されていました。
他方、ユーザ(注文者)側からすれば、
・従来前提とされていた民法の規定が変わる以上、それに則れば本来無償で修補 できるものが(保守契約等で)有償での対応となるのはおかしいと考えうること
・ベンダの注意義務の程度を問わず、検収完了後1年間という期間が経過すれば、契 約不適合責任を理由とした修補や損害賠償を一切問えなくなるというのは、ユーザーにとって酷な結論となってしまうこと
などの点が懸念されることから、モデル契約2007年版での取り扱いを見直すべき、という声もありました。
そのため、ユーザ・ベンダ双方の利害関係の調整を図る、という観点から、モデル契約民法改正対応版がどのような結論となるのか、注目を集めていました5。
モデル契約民法改正対応版の結論
モデル契約民法改正対応版での結論6は、以下の通りとなりました。
A 契約不適合責任の起算点については、『検収完了後』という従来の取扱いを(結果としては)維持する。
B 契約不適合責任の存続期間は、『〇ヶ月/〇年』と、期間は特定せずに月単位と年単位を併記し、システムごとにユーザ/ベンダの共通理解の内容を反映させるべきものであることをモデル契約の逐条解説や参考資料で明記する。
C ベンダが検収完了時に当該不適合を知っていた、もしくは重過失によって当該不適合を知らなかった場合等、一定の場合には例外として期間制限の規定の適用がない、という旨の条項を設ける。
IPA内の「モデル取引・契約書見直し検討部会」の「民法改正対応モデル契約見直し検討WG」としては、以下のように整理したものといえます。
- 契約不適合責任の期間制限の起算点を契約不適合を知った時からとすると、ユーザにとっての検査の位置づけが軽くなり、適切な検査を行うことについてのインセンティブがなくなってしまいます7。いわば「怠慢なユーザが出現してしまうことを防止する」、という観点から、起算点を検収完了時から、という従来の取扱いを維持(結論A)しました。
- ただ、検収完了にベンダが目的物の契約不適合を知っていた、または重過失によって知らなかった場合には、そのようなベンダを保護する必要はない3、という民法改正の考え方を取り入れ、期間制限が適用されない例外を設ける(結論C)ことで、ユーザとベンダの利害関係の調整を図ろうとしております。
- なお、システムの契約不適合責任の存続期間、すなわち無償修補等の対応が必要な期間は、本来開発するシステムごとのライフサイクルを基準として決定すべき、と考えられます。
たとえば、帳票やデータ分析ツールのような開発規模も比較的小さなものについては、比較的短期間に一通りの機能を使うことができ、なおかつ見たいデータの内容等の仕様がすぐ変わってくることが想定されます。そうすると、あらたな変更対応を別契約で行った方が現実的でもあるため、不適合責任の存続期間は短めに考える、というのも合理的に思えます4。
他方、銀行の勘定系システム(の一部機能)のように、長期にわたって安定的に稼働することが強く求められるようなケースでは、不適合責任を理由とした修補対応の期間を長めに設定することにも一定の合理性があるようにも思えます。
このような観点から、モデル契約民法改正対応版では、不適合責任の期間を『月/年』の併記とし、具体的な内容は開発対象となるシステムごとにユーザ・ベンダ双方の協議と共通理解に委ねること(結論B)としています。
コメント
-契約交渉における留意点-
上記のようなモデル契約民法改正対応版の整理は、ユーザ・ベンダ双方の利害関係を見据え、妥当なバランスを取ろうとするものとなっています。
大きな方向性としては本モデル契約が示した方向で実務も進んで言っているのではないか、と、ベンダの法務担当者の1人としても感じております。
なお、契約不適合の期間(結論B)については、基本契約だけでなく、個別契約においても具体的に検討されるべき、という点は、留意されるべきかと思います。
IPA・経済産業省のモデル契約は、適用対象となるプロジェクトを限定する建付けとなっています8が、契約実務上では、基本契約段階での契約管理の手間を削減するために、プロジェクト限定ではなくシステム開発一般に広く適用されるようになっていることも多いです。
このような規定の仕方は、同種の取引につき共通の内容を定め、個別の取引における交渉の手間を削減する、という基本契約を定める目的にはあっています。
ただ、開発対象となるシステム・機能の不適合責任の期間は、そのライフサイクルを踏まえ、個別具体的に見ていかなければならないというのが本来の姿です。
個別契約を締結する際には、ユーザ・ベンダ双方に、基本契約の対象範囲と不適合責任の内容をあらためて確認し、それが今回の開発対象となるシステム・機能に本当に合っているか、都度丁寧にチェックしていくことが求められます。
▼注釈
- 改正前民法第637条第1項および第2項参照。
- 民法改正で、「瑕疵担保責任」という名称から「契約不適合責任」という名称に変更。ここについては用語の置き換えで、法的な効果への影響はない、と考えられています。なお、立法担当者解説である筒井健夫=村松秀樹編「一問一答民法(債権関係)改正」[2019](「一問一答」)P275(注)も参照。
- 「一問一答」P345参照。
- 契約不適合責任(瑕疵担保責任)の起算点が、『目的物の引渡し/仕事の終了』という、請負人にも容易に認識でき、比較的客観的に認定できる起算点から、『注文者が契約不適合(瑕疵)を認識したとき』という、契約当事者の一方(注文者)の主観にかかるようになった、というのがポイントです。
- ベンダ、ユーザそれぞれの観点の詳細については、モデル契約民法改正対応版の参考資料として提示されている「DX推進のための見直しにおける民法改正を踏まえた整理に当たって」P11~P12にて分かりやすくまとめられています。
- モデル契約の第29条(ソフトウェア開発工程における契約不適合責任)につき、モデル取引・契約書見直し検討部会「情報システム・モデル取引・契約書(受託開発(一部企画を含む)、保守運用)〈民法改正を踏まえた、第一版の見直し整理反映版〉」P87~P88参照。
- 前掲「DX推進のための見直しにおける民法改正を踏まえた整理に当たって」P12
- モデル契約民法改正対応版の第1条(前掲「情報システム・モデル取引・契約書(受託開発(一部企画を含む)、保守運用)〈民法改正を踏まえた、第一版の見直し整理反映版〉」P56)を参照。
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